我慢すると何が問題になってしまうのか
本来我慢なんてしなくていいと思うのです。
我慢するというのは、自分の気持ちを『無視』している事になるからです。
他人から無視されたら誰でも嫌な気持ちになります。
自分が自分にしても同じことです。
自分に無視されたら嫌な気持ちになるんです。
(無意識に)
だから我慢するという事は
自分自身を『蔑ろ』にしている事と変わりません。
この話になると
「我慢しないといけないでしょ!」
とか
「我慢して人に合わせないといけない」
とか
「我慢が美徳」みたいな人達が反対意見を言ってくると思うのですが
ここでポイントは
自分の気持ちを我慢しない
という事です。
これを都合よく解釈して
「我慢しなくていいなら何を言っても構わないんだ」
とか
「我慢しなくていいなら、腹が立った時人を傷つける言葉を言っていい」
とかいう解釈をして自分の我儘を正当化してしまう人がいます。
これは全く別の話です。
我慢をしなくていい理由と同じように
誰かを傷つける言葉を言われたら、その誰かは傷つきます。
では主語を置き換えてみましょう。
自分を傷つける言葉を言われたら、自分は傷つきますよね?
これは嫌だと思うのです。
自分は嫌だけど他の人にはやっていい理由にはなりませんから
正当化できません。
人にされて嫌な事は自分はしないって事でシンプルです。
じゃあどうすればいいのかというと…
気持ちを感じることを『我慢』するのではなく
感じた気持ちをアウトプットする方法を変えるだけで
相手を傷つけたり、不快にさせたり、迷惑をかけたりしなくなります。
多くの人が
感情をアウトプットする方法を一つか二つくらいしか知らないのです。
我慢しないでぶつける
か
我慢する
というように。
問題は『ぶつける』だと思うのです。
我慢しないで『伝え合う』が
相手を傷つけたり、不快にさせたり、迷惑をかけたりしなくて済む方法です。
大事なのは『伝え合う』気持ちです。
これが感情に振り回されて忘れてしまいがち。
感情が高ぶっている時こそ、
『伝え合う』気持ちをもって相手とコミュニケーションをとるといいと思うのです。
だから
自分の気持ちは我慢しなくていいのです。
本質的な
コミュニケーション方法を知るとこによって
多くの問題は解決していきます。